• 札幌での子ども向けピアノ教室の探し方6つ

    札幌で娘(小学校高学年)と息子(幼稚園)のピアノ教室を探した際、頼れる人もいないなか何とか情報を探し、半年ほどかけてやっと「この方しかいない」という理想の先生との出会いに恵まれました。しかし候補選びでは迷いや苦労も多くありました。

    例えばピアノ教室選びは、目指すレベルや指導方法、相性、立地、発表会の有無、月謝、先生自身の活動などなど考えるポイントは多い。特に多感かつ成長期の子ども(3歳〜10歳ほどを想定)を指導してもらうとなると、音楽性・テクニック、課題への向き合い方といった土台作りなので、教室選びは慎重に考えたいものです。

    ピアノ教室選びは、周囲に相談できる人がいればよいのですが、そういう人ばかりでもないと思います。僕の場合も音楽関連の知り合いがいなかったため自力で探すしかなく、唯一の頼りはネットでした。そこでネットで探す時の方法について書いていきます。

    まとめページ

    「札幌 ピアノ教室 おすすめ」などのキーワードでグーグル検索すると見つかるサイトさんたち。網羅性はあまり高くないものの、一覧で5〜15件程度の教室情報を見られるのはありがたかったです。

    こういった記事を作る時はおそらくブロガーさんがピアノ教室を検索してヒットするもののなかから選んでいるはずで、ヒットするということはしっかりしたホームページをお持ちの教室さん。ということは運営実績があったり集団運営していたりといったケースが多い傾向に。
    なかには素晴らしい教室もある一方、宣伝や集客は上手だが中身は……という教室もある印象でした。

    僕はホームページが充実しており、多くのコンクールでの審査や受賞実績をお持ちのベテランの先生に惹かれ、実際に体験レッスンに行きました。調度品に囲まれて2台のピアノが並び、丁寧・親身で期待通りの先生だったのですが、その時は当時幼稚園の息子があまりにも落ち着きなくレッスンにならずで、泣く泣く出直すことに。。

    ピティナ

    有名なピティナコンクールや教室仲介をしている団体のサイト。ピティナに登録している教室情報が掲載されており、とても参考になりました。

    指導者としての実績も紹介されているので、指導のレベル感も参考になります。具体的には、「指導者賞」の受賞歴を見ると、生徒さんのコンクール実績が分かります。

    また気になった先生がいればピティナが無料で仲介してくれるのもありがたいポイントです。最終的に、僕はピティナを通して申し込んだのですが、電話・メールでの対応してくれた担当の方は気になるポイントにもれなく答えてくれて親切でした。

    ピティナに掲載されている教室の数は多いのですが、掲載されている情報量はまちまちです。教室ホームページへのリンクがあって詳細をチェックできる教室もありますが、そうでない先生も多く、こうなると判断材料が少ないので困ることも多くありました。

    コンクール受賞歴

    コンクールで優秀な成績で入選した生徒さんを調べると、プロフィール欄に、師事している先生の名前が記載されていることがあります。高いレベルを目指す場合は重要な情報ですし、仮にコンクールに参加するつもりがない場合でも、こういった先生は自身の演奏技術・音楽性が優れていて、また他の生徒さんとの交流のなかで子どもが刺激を受けることもあります。

    コンクールは数多くあって全て調べるのは大変だと思いますが、特にレベルが高いコンクールだけでも調べて見ると良いかもしれません。具体的には以下のコンクールです。

    全日本学生音楽コンクール(毎コン)
    全日本ピアノコンクール
    ピティナ
    ショパン国際コンクール in Asia

    ちなみに、過去に受賞した生徒さんは音大に行くなどした後に札幌にUターンしてピアノ教室を開いていることがあり、この探し方は穴場的です。実績がある先生に習っているということで演奏技術・音楽性が高いことが期待できますし、また良質なレッスンを受けてきたので指導経験が少なくてもいつの間にか指導方法も身についてることが多い。また喜ぶべきか分かりませんが、実績がある先生と比べると生徒さんの数はまだ多くないのが普通なので柔軟に対応してもらえる可能性もあるからです。

    コンクール審査歴

    上記の有名コンクールの審査をされている先生が、指導もしていないか調べてみる方法です。当然ながらご本人の演奏レベルも音楽性も非常に高く、ハイレベルのレッスンを受けられます。実際にコンクール審査員の生徒さんは優秀でコンクール実績が豊富というケースも多いです。

    多くのコンクールでは審査員が公開されています。札幌は広いようで狭いので、コンクールの審査員を調べると何度も登場するお名前があります。プロ演奏家の場合もありますが、生徒さんをとっている方も多いです。「子どもに高いレベルの指導を受けさせたい」「コンクールにもチャレンジしていきたい」という考えがあれば、この探し方がおすすめです。

    ピアノ発表会・受賞者コンサート

    「自分の目と耳で確かめたい」という人ならぜひ、という方法。

    生徒さんの数が多い教室であれば、Kitara小ホールなどのコンサートホールで発表会を開くことがあり、関係者以外にもオープンにしていることも多くあります。つまり、予約も招待もなく入場できる発表会もある。また有名コンクールでは受賞者コンサートを開催しており、1,000〜2,000円程度で入場できます。

    生徒さんの演奏はとても正直なので、先生の指導の良し悪しや育まれる音楽性・テクニックが現れます。立派なホームページやSNSアカウントよりもはるかに参考になります。また受賞歴があって一見良さそうに見えても、「演奏を聴いてみると何か合わない」と感じることがあります。

    僕はこれまでの教室の生徒さんの演奏しか聞いたことがありませんでしたが、有名教室の発表会を初めて見学に行くと、まずプログラムの曲がハイレベルで驚き、また弾きこなしている姿、のびのびとした自由な音楽性にショックを受けました。中学生でショパンのスケルツォやリスト……?
    また毎コンの受賞者コンサートでは、小学生部門のI君、卓越していた……。

    演奏活動しているアーティスト

    コンサート活動、CDリリース、YouTube配信、伴奏、演奏家向けコンクールなど、演奏活動にはさまざまな形がありますが、札幌を起点にこういった活動をされている方のなかには、後進の指導にも取り組んでいる方もいます。

    演奏を聴けば音楽性やテクニックのヒントになります。また現役演奏家と指導の専門家ではどちらが良い悪いはないですが、子どもからすると先生が舞台で演奏している姿というのはモチベーションになるのではないでしょうか。またレッスンで現役演奏家の演奏を間近で聴ける・見られるのは貴重です。それから、最新の業界事情にも詳しいので、将来的に音楽の道も検討している場合にはリアルな情報を聞くこともできます。

    先生との運命的な出会い

    僕がお願いすることになったM先生との出会いは、とある演奏会でした。聴いてしまったのです。短調ながら躍動感があり一度聞くと印象に残るメロディの曲です。音色の美しさ、繊細なコントロール、穏やかな振る舞いから想像できないパワーに、僕と娘ともショックを受けました。演奏者としてファンになったのと同時に、「あのM先生にご指導いただきたい!」。

    偶然にも、M先生は以前に体験レッスンに行ったベテランの先生の門下生で、ご本人も数々のコンクール受賞歴があり音大卒業後はUターンで札幌に戻り、演奏活動や指導をされているということでした。考えるというより、引き寄せられるようにコンタクトをとっていました。

    インスタグラムもあったのですが、あまり更新していない様子で連絡が取れるかどうか……。M先生はピティナに教室情報を掲載していたので、ピティナ経由で連絡をとりました。本記事では色々と探し方を紹介しましたが、ほぼ全てに当てはまる、というレアでまた運命的な出会いでした。

    娘はそれまで別のピアノ教室に通っており、先生との関係も良好でした。しかもこれまでは近所だったのが、M先生だと車での送り迎えが必要になります。しかし、より優れたテクニック・充実した音楽性を育むなら、M先生しかいない。何より娘が憧れている。これまでの先生からのご指導を思うと心苦しさもありましたが、M先生にお願いすることを決断しました。

    M先生は、丁寧、辛抱強い、熱心。「こんなにきれいに理想が叶うことがあるのだろうか?」といまだに不思議なご縁に首を傾げたくなります。

    ピアノ教室の選び方

    ここまで探し方を紹介してきましたが、あまり選び方には触れていません。選び方の話も長くなるので別の機会にしようと思いますが、参考になる動画を見つけたのでよかったら。

    ピアノ教室の発表会に行ってみることの大切さや、先生の指導方法・スタンスと我が子・親の考え方との相性の大切さ……実感します。

    最後に

    「ピアノ教室は家から近いという理由だけで選んではいけない」

    ピアノ教室選びの時、あるホームページに書いてありました。僕は近所のピアノ教室に娘を通わせていて、あまりモチベーションも高くなく上達しない姿を見て、その通りだな、と反省していました。そこで新しいピアノ教室を探したいものの「ではどうやって探せばよくて、何で選べばよいのか?」は自分で考えるしかありませんでした。

    今でこそ探し方・選び方はある程度言えますが、結果論で、やっぱり頼れる人がいれば理想だと思います。
    周りに信頼できる人がいればぜひ相談してみてください。

  • 小林愛実さん札幌Kitara公演感想

    2025年5月23日(金)

    暖かい春の日一転、コートがなければ耐えられない週末の日。
    Kitaraの小林愛実さんの公演に行くのは2回目。前回は出産で延期した後の明け公演で、主なプログラムはシューベルト「即興曲集」(後期)、シューマン「子どもの情景」だった。

    今回は前半にラヴェルの小品集とシューマン「クライスレリアーナ」、そして得意のショパンなかでも「ソナタ3番」が後半の目玉。
    ショパンのソナタ3番は、今年3月に辻井伸行さんによるKitara公演で聴いたのだが、強烈な和音で間を詰めていくスタイルが、僕がソナタ3番に求めているイメージとは異なりすぎて、いつか別の人で聴き直しいと思っていた。小林愛実さんと言えば優しく流麗なイメージがあるが、力強さと、そして切なさが求められるソナタ3番はどのように仕上げてくれるのだろうと期待。

    ▼登場
    さてプログラムを振り返る。

    定刻より3〜4分ほど経った時だろうか。赤く細身を魅せるドレス。髪はいつものショート。
    洗練されつつも情熱的な印象。

    ところで定刻遅れで登場する理由は、演奏の仕上げ・調整に時間がかかっているということなのだろうか?あるいはメイクやスタイリング?2023年11月の藤田真央さんも1〜2分遅れていた。

    ▼「前奏曲」/「ボロディン風に」/「シャブリエ風に」モーリス・ラヴェル

    ホールの静寂を邪魔しない導入。アルペジオが優しい。赤ん坊の肌に触れるようなタッチ。これが聴きたくて来たのだと思う。

    と思いきや、気のせいかあまり指が動いていない?右手4・5指が打鍵タイミングでややずれて、わずか10小節目くらい(だと思う)で右手5指による小さなミスタッチが発生。
    僕はミスタッチあっても気にならない派だが、いきなりの指の硬さに少し心配になった。

    ただ、動じないのが場数を踏んでいるアーティスト。楽曲は優美な世界観。穏やかな色彩でホールを染めてくれた。

    低音のアーティキュレーションが、よく響く。誰もが知る主題だけでなく、一見地味だけど、でもこんなに美しいメロディ。右手の分かりやすいメロディに安易に頼らないで、伴奏的な左手パートで魅せる技術。楽譜から、大人しい子を拾い上げて、他の友達に「この子とも仲良くしよう」と提示しているような。それでいてバランスは損なわない。

    アルペジオが薄い雲の先に見えるか見えないかの星空のよう。あえて明確な音で分かったふうに言わない。曖昧なものはグレーのまま表現する。そこに確かさと不確かさが同居する、幻想のような世界を感じた。

    ▼「クライスレリアーナ」ロベルト・シューマン

    ①最も激しい動きで Dm
    短調ながら快活な導入。Aパートはテンポ速く音も多いが、さらっと流してしまうのではなく、フレーズごと噛み締めるような演奏。客を置いていかないで、「私はあなたに伝えたいことがある」と丁寧な宣言。
    逆に流して弾くパートはアクセントを決め打ちして、目印を置く。
    結果、激しく速いのに芯がある。

    Bパートは一転、優しい展開。
    カンタービレは穏やかで甘美なp/ppなのに、なぜはっきりと聞こえるのだろう?
    例えば別の人(世界で活躍しているピアニスト)の演奏では、ノクターンの時、楽譜上はpの音でもホールに響かせようとして、mf気味で弾いていた。これはKitaraのような2000人規模のホールの場合に難しいポイントの1つなのだろう。
    しかし小林愛実さんは力むことなく、p/ppがクリアに聞こえる。この違いは?

    同時に、伴奏パートは小川のせせらぎのようで、BGMとして邪魔をせず、でも耳を澄ますとクリアになる。
    このメロディと、伴奏とのバランスは絶品。

    ②Bflat
    導入は右手オクターブでの上がっては下がってという放物線。左手も同型の伴奏。
    小さい子どもが穏やかに眠っている情景が浮かぶ。

    あえて間をとって、沈黙や静寂を味方につける。
    客席の呼吸音や衣擦れすら一体化させるような、場の支配力。
    「ピアノを弾く」のでなく「場を構成する」というのが小林愛実さんなのだと認識。

    背筋は伸ばし気味で、肩より上だけを少し屈める体幹の通った姿勢が、落ち着きを感じさせる。同じ姿でイメージする思い出すのはプレトニョフか。

    ④Bflat
    ここでも、p/ppが響く。高音/低音のメロディを対位法的に交互に反応させて、飽きさせない。
    「カデンツ」、つまり「決め」の和音をあえて微かにアルペジオにする。そう、長い残響をいつまでも美しくするために、そのタッチをしていたのか。

    過剰なアクセントやf/ffで見せ場を作るのではなく、優しさ、美しさ、肉声で音楽を織りなしていく。
    分かりやすい青色、赤色でない。
    曖昧で複雑で揺らぐ、紫やグレーの世界。
    僕は後者に共感できる。もっと聴きたい。

    ⑤Gm
    高音・低音ともせわしない曲。
    スタッカートのキレが良いし、16部音符の小回りが抜群。
    ラヴェルの指の緩慢さ(気のせいでなければ)は消えて、ノって来ている感じがある。

    ここでも、低音のアーティキュレーションが生きているように感じる。
    これまでの小さな熱が大きなエネルギーになって、引き込まれていく。

    ⑥Bflat
    穏やか。高音と低音が絡まって複雑な模様を構成しながら耳に届く。
    歌うメロディは、狙い澄ましたように、しかもpのまま鼓膜を揺らしてくれる。
    こんなに大きなホールで、1000人以上も客がいるなか、僕を見つけて、欲しい音を届けてくれているという親密な感覚になる。

    ⑦Cm
    狩りで獲物を狙い澄ました虎のような鋭いアルペジオ。
    かと思えば、オブラートに包んだような曇ったアルペジオ。
    高速な曲のなか、音色、強弱、リズムで揺すられる。
    表現の引き出しが無数。

    ⑧Gm
    軽妙なリズムと、大仰なバラード。
    低音部は、コントラバスやチェロを思わせて、木を支える地面のような安定感がある。
    スタッカートが決まるから、その後の間が愛おしい。
    アクセントはしっかりインパクトがあるのに、雑味がなく、どこか甘い。

    最後は体を左にねじっていきながら右手で低音部をタッチして、物語はおしまい。

    グレーの世界を愛して、魅力的に表現し切ってくれた。

    ▼休憩

    休憩は20分。Kitaraはあちこちに窓があって、外の自然や中庭、ロビーホールを眺められる。2階廊下から眺める中庭とロビーはライトアップが美しい。
    ショパンのソナタ3番が一番のお目当てだが、小林愛実さんなら、今日の演奏なら、理想としていたグレーの演奏が聴けるのではと期待。

    ▼「3つのマズルカ」ショパン
    3/4拍子でマズルカの土着的なリズムが心地よい。
    マズルカは華というより、土のイメージ。
    ラヴェルの洗練されたテーマとは全く違う一面を表現。

    高音のテーマに対して低音が応えるのはここでも。低音部の自由な歌い方が新鮮。男女か、友人か、家族か。誰かが会話をして、物語が展開していくのだ。

    そして演奏も明らかに乗っている。トリル、間の取り方がハマっていて心地よい。

    終了して一旦舞台袖へ。ここまでの演奏。理想の3番が聴けるのでは、と相当な期待に胸が膨らむ。

    ▼「ソナタ3番」ショパン
    ①第一楽章
    椅子に腰を下ろし、白いハンカチをピアノの右に置き、と思いきや、体をスライドさせながら突然の煌めく第一主題GFDBF。
    呆気に取られている間に、今度は逆に迫り上がってくる和音群FBCDEF。
    置き去りにされたかと思うのも一瞬、その和音の上がり方が、香水を一滴垂らしたあとに少しずつ立ち込めていくような優しさで、導入から掴まれた。

    アルペジオは強く響かすのでなく、ペダルであえて濁らせて、ハーモニーを作り上げる。テーマの美しさだけでなく、音楽的なレイヤーを重ねる構成。こんな技もあるのかと気付かされる。

    優美なBパート。
    宙に浮いているかのような幻想的な世界。

    落ち着いて第一楽章終了。あれ、終わるのが早くないか?本来は10分ほどのはずだが、半分くらいに感じた。後で考えたら、どうやらカットされていたのだと思う。意図的かどうかは分からないが。

    ②第二楽章スケルツォ
    スケルツォの右手高速パッセージが軽く、優しい。何度も思うが、打鍵は強くないのに、どうしてメッセージが耳元で話しているかのように聴こえるのか?一対千人でなく、一対一のパーソナルな演奏。

    展開が変化する時の音のつなぎ方のなめらかさに驚く。コード転調していても、全くひっかかるところがなく、ただ太陽が昇ったり沈んだりして音もなく朝夜が変化するのと同じように、いとも自然に変化していく。

    ③第三楽章ラルゴ
    低音から高音へのアルペジオによる声部はpが響いて美しい。
    音色が重なっていき、ブレンドされながら芳醇な香りのようにホール空間に満たされていく。
    気づいたら没頭している。

    小林愛実さんを聴いていると、聴覚的な音というよりも、音をトリガーとして、映像や香り、心情に触れてられているいるのだと感じる。聴覚的な刺激によって、類似する神経回路が呼び出されて、五感的・六感的なイメージとして蘇る。普段は誰も立ち入らない、心のドアが静かにノックされている感覚。

    ④第四楽章フィナーレ

    導入のFオクターブ和音。
    遠くから徐々に近づいてくる。
    ピアニストのエゴを出すのなく、第三楽章の余韻を崩さない入り。

    メインは1、2、3+1、2、3のような三連符形(実際には6/8拍子だが)が繰り返される構成だが、柔らかさ、抜き加減が絶妙。
    底からマグマのように湧き出る絶望感ではなく、淡い光で希望的な解釈。

    これまでの、優しさ、曖昧さ、複雑さが、三連符形のなかでそれぞれ顔を見せて、高音部から低音部にかけてのこの曲の特徴的な流れ星によって昇華されていく。

    ここで、右手と左手が合っていないという、珍しいアクシデントが。単にリズムが揃わないのではなく、拍がずれており例えば右手は先回りして3拍目なのに左手は2拍目、といったこと。ハラハラするが、右手が待って帳尻を合わせる。ライブならでは。完璧な演奏より、即興的なリカバリーが聴けたのは貴重。

    最終パート。三連符形で、低音部がfで主役となり怒り、切なさが際立つ。
    今日のプログラム全体で、高音と低音の対話、低音アーティキュレーションの試みが、このパートにつながっていたのかと思う。

    グレーの世界を優しく厳しく描き切って、最終Bの和音に収束させてくれた。

    ▼終わりに
    イメージする世界観、ストーリーとしての構成、技巧的な試み、pの音色の優美さに揺られたコンサートだった。
    複雑で不確かなグレーな世界を、聴き手に伝わるように、それでいて魅力的に表現するのは、ピアニストとしてどれほどのテクニックが必要なのだろう?近年は配信も盛んでクラシックにも分かりやすさが求められるシーンはあるが、僕は明確で完璧なものよりも、歪であやふやな世界の方が真実に近いと思える。
    本調子でなかったのかもしれない。しかし今日の小林愛実さんのソナタ3番を聴けてよかった。